落とした「。」の拾い方

「。」を探す日々

雨の日。

 

ずっと雨の日が好きだった。

 

 

目が覚めるとまだ薄暗い部屋の中

 

遮光度☆4のカーテンのせいかと

 

隙間から外を覗く。

 

濡れたガラスと格子の揺らめきの先に

 

いつもより色の濃いアスファルトが見える。

 

 

 

あぁ、今日は雨降りなのか。

 

 

 

雨音の聞こえない雨降りなど

 

サクランボのないパフェと同じである。

 

頭が痛む。

 

 

いつもより重たい身体を起こし

 

スマホを手にとる。

 

 

そうか、今日は休日だった。

 

 

通りでアラームが鳴らないはずである。

 

休みだと気づくと頭痛はどこかへ飛んでいく。

 

まったく、都合のいい身体である。

 

 

朝の日課

SNSトロールは手短に済ませたい作業だ。

 

彼のSNSを一通り覗き、

不審な行動がないか確認する。

 

彼の周りの人たちも観察。

 

私の。私の。

 

とはいうものの

異常があった場合は

世界を乱したとして

許す余地はないのだけれど

 

一応世界の外を覗くのである。

 

ついでに自分の画面中世界も確認する。

 

お、あの子は今日も仕事か。

 

いいねがきてる、この時間起きていたのか。

 

そんな小さな発見が続いていく。

 

トロールが終わったら

今度は世界のパトロール

 

ベッドから起き上がり

体温を測る。

 

37.4。

 

近頃の身体は、春の陽気のせいか

温かいことが多いのだ。

 

37.4ならいつもだるさがあるのだが

 

何度も続くとこれが平熱なのではないかと

思わざるを得ない。

 

そのためわたしの平均体温は

37.0ということにしてある。

 

リビングと呼んでいいのかわからない部屋の

カーテンを開ける。

 

部屋に光が差し込む。

 

 

買ったばかりのバリスタの 

 

Bluetoothはまだ繋がっていない。

 

ガシャン。とブラックコーヒーをいれつつ

 

他の作業に移る。

 

朝の洗顔はお湯だけとか

色々な情報が飛び交うが

やはりきちんとした方が調子が良い。

 

コンタクトレンズをいれる。

 

ここからわたしの世界が見える。

 

 

昨日片付けそびれたお皿が

テーブルからこちらを睨んでいる。

 

ごめんごめんとシンクにいれると

なんだか安心したようだ。

 

朝ごはんを食べたら洗うからね

 

そう声をかけて支度をする。

 

 

今日のメニューは目玉焼き。

 

めだまやき、なんて誰がつけた名前なのだろう。

 

そんなことはさておき

 

彼が作っていた形を再現したいのだ。

 

ハムふたつ、めだまやきひとつ

 

夢の国。

 

 

何事も挑戦である。

 

失敗しない人生は、

その人生自体が失敗なのである。

 

 

卵を1滴、フライパンに落とす。

 

ジュ。

 

よし、焼ける。

 

ハムを2枚落とし、

目玉焼きを意味もなく片手で割入れる。

 

 

と、ここで重大なミステイクに気づいてしまう。

 

 

フライパンの大きさが足りない。

 

丸が3つのあの形にするためには

卵焼きフライパンでは手狭だったのだ。

 

おまけに端に卵を落としたものだから

 

角ができてしまっている。

 

 

わたしの悪いところだな…

 

そう思った矢先、はっとした。

 

ハムのピンク、尖ったたまご。

 

これはハート型である。

 

 

朝から彼への愛を

自然と表現した私は

 

鼻歌交じり、

まるでディズニープリンセスのような動きで

お皿に盛り付ける。

 

テーブルに運んで写真を撮ろう。

 

20代、インスタ盛り、

写真のセンスはなくとも

なんとなく料理は撮っておきたいのだ。

 

あと私の場合、

何を食べたか把握するためにも

毎回記録が必要なのである。

 

テーブルまであと3歩のところで

いつもどおりの日常にスパイスが加わる。

 

 

油の後押しで

宙を舞う目玉焼き。

 

いてっ…と、声を漏らす私。

 

目の前には黄色のメイクを施したマイメロのぬいぐるみ。

 

そう、躓いてしまったのである。

 

これはこれはもう

なんと言ったらいいものか。

 

 

しかしめげないしょげない。

 

 

こういう機会でもないと

ぬいぐるみなんてファブリーズだしねっ!

 

と無理やりプラスに考えてみた。

 

うんうん、もう一度作ればいいか。

 

ここが私のいいところである。

 

 

同じ作業を繰り返し

 

2度目の目玉焼きとご対面。

 

同じ作業を繰り返したため、

ハート型ができ上がる。

 

慎重に運び、

 

やっといただきますができる。

 

 

 

 

彼のところでも

 

雨は降っているのだろうか。

 

曇りなのだろうか、晴れているのだろうか、

 

山の向こうの天気は

 

目に見えないのでわからない。

 

便利な世の中なもので

アメダスやらなにやらが

 

彼の元のお空の事情を教えてくれる。

 

……

 

どうやら雨が降っているらしい。

 

同じ天気で喜ぶ私と

 

彼のいる場所は

常に心地の良い天気であって欲しいと

 

願う私が顔を見合わせる。

 

 

同じ天気じゃないか、

雨の日が好きって言っただろう?

 

 

 

いや、でも、だって、彼くんのところは

いつだって心地がいい方が

ぜったいに 、 それは 、幸せなんだ。

 

 

 

雨の日が好きだった。

 

雨音が耳を劈くような日も

 

それはそれでありだろう。

 

しかしそれは置いておいて、

 

 

彼の空が青いように

 

透き通るように

 

願わずにはいられない私は

 

大きく息を吸い込んで

 

山の向こうの雨雲を

 

ふう、と吹き飛ばしてみたりするのである。